美大受験の 予備校

予備校 [黄金比率]

視覚上の調和を求めて古代ギリシャで考えられた比例。黄金分割ともいう。基本的には8:13の比率だが、これはあくまで彼らが理想の具体的な視覚化のために考え出した比率でギリシャ彫刻の規範になっている。レオナルド・ダ・ビンチの描いた「ヴィトルヴィウス的人間」の図は、これによっている。画板やベニヤ、コルクなど木製のものによく付き、仕上がりは「和風油絵のような風合い」。ライトの光の照り返しがない艶消し感と重厚感が人気を集めている。乾燥が早いのも特徴だ。「ウッドペイント・もくねんさん」として製品化し、りそな中小企業振興財団と日刊工業新聞社が共催する第17回中小企業優秀新技術・新製品賞の優良賞と産学官連携特別賞を受賞した。 北星鉛筆の杉谷和俊社長は「捨てていた部分を再利用し、利益に還元できれば、中国製品に対抗する力がつく」と強調する。思いは「日本の鉛筆製造業が世界競争に勝てるような企業存続基盤の確立」であり、「世界中で日本の鉛筆が使われる日を夢見ながら企業の体質改善に取り組む」(同)。同社には見学に来る小学生らの声が響き渡っている。 OnePoint<先代の思い受け継ぐ> 鉛筆の国内生産量はピーク時の3分の1以下。最も消費している小学生は減少の一途を辿り、安価な中国製品が国内メーカーを直撃する中、直球勝負では生き残れないのが現実だ。廃業・転業が相次ぐ。北星鉛筆の杉谷和俊社長は、「鉛筆は我が日経225を削って人のためになり、真ん中に芯の通った人間形成に役立つ立派な職業。鉛筆がある限り家業を続けろ」という先代の思いを循環型鉛筆製造という形で受け継いだ。 本連載では、第2回、第3回、第4回と3回にわたって、個人情報保護法には違憲の疑いがあること、したがって改正の方向性はそのような違憲の要素を取り除く方向で行っていただきたい旨を要望した。今回は、具体的に何を取り除いていただきたいのか、それは現在の国際レベルから容認されているのか、解釈論で対応できるのか、について述べる。 筆者は以前、某法律家との議論の最中に「先生、それは立法論ですよ」といわれたことがある。最初は何を言われたのかよく分からなかったが、すぐにそれは「あなたの議論はまったく意味がない」という強烈な批判を意味していることが分った。たしかに法律実務を扱う現業の専門家は、現行の法律の条文の枠から一歩も出ることが許されないのだから、法律が悪いとか、法律のあるべき姿はこうだ、などという議論をしてもまったく意味がないことはよく分かる。しかし、CFDのあるべき姿や、実効性のある法的措置を考えるときは、当然のことながら立法論でなければならない。そういうときにも多くの法律専門家は、日頃の習性に支配されてしまって解釈論を優先させてしまうことがしばしばなのだ。 1999年に舛添要一・国際大学グローコム教授(当時)が委員長を務める「グローコム2000年問題研究会」という実業界・学界横断的な研究会があった。 ある時、某筋から2000年問題について米国のような立法論的対策を取ることを提案するように要望があった。当時、米国は2000年問題についてくりっく365を行なって、問題が生じそうな何らかの技術的瑕疵を発見した者はそれを速やかに公表すると、それによって当該瑕疵を原因とする訴追を免れることができる、という極めて思い切った措置が行われていた。おかげで対策が大いに促進されたことはいうまでもない。日本でも同様な立法措置をやってはどうかというわけだ。 ところが、研究会における議論の結果は「立法措置を講じなくても現行の法律制度の中で十分同様な趣旨が実現できる」というものであった。研究会に参加しておられた裁判官や検事出身の弁護士、学者先生たちの錚々たるメンバーたちの一致した意見であった。気の弱い筆者はこれには抵抗し難く、結局研究会としての立法措置の提案は行われなかった。当然、米国におけるような目覚しい対策効果は生ぜず、日本ではむしろそのような技術的瑕疵について責任があると考えられる者は必死にこれを秘匿することに狂奔した。 立法論的対策が必要な案件に解釈論で対応すると、こういうことになる。法律制度的整合性は確保できても、政策的メッセージがまったく伝わらないから実効性を伴わない。いくら偉い先生方が「立法措置を講じなくても現行の法律制度の中で十分同様な趣旨が実現できる」と太鼓判を押してくれても、裁判や法律問題に絶対はないから、案件の法的安定性は皆無なのである。個人情報保護法問題を解釈論で対応しようとしているのは、これとまったく同じことなのだ。現在の問題点はエスカレートしながら永久に続くだろう。それではどうしたらよいかについて、当面の緊急策と抜本策について具体案を次に述べよう。 緊急策:プライバシーに属さない個人情報を対象から除く 個人情報保護法第2条第1項は「この法律において『個人情報』とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。」と規定しており、あまりにも対象の範囲が広すぎる。 この後ろに「ただしプライバシーに属さないものを除く」と追加して、同法の対象はプライバシーに属する個人情報に限定してはどうか。緊急策ではあるが、これだけで現在のトラブルの半分近くが解決してしまう可能性がある。 個人情報保護法が準拠しているOECDガイドラインの正式の名前が「プライバシー権保護と個人データの流通についてのガイドラインに関する理事会勧告」となっているように、これは本来プライバシー保護が目的のガイドラインなのだ。同勧告の総論の中の「ガイドラインの適用範囲」(b)においても「プライバシー権と個人の自由に対して、明らかにいかなる危険性をも含んでいない個人データについて、ガイドラインの適用を除外すること」を妨げるものと解釈すべきではない、とはっきり謳っている。その後国際的な取り決めは、1995年のEU指令、2000年の米欧のセーフハーバー原則と推移してきたが、常にプライバシーに属する個人情報の保護が目的であったことは明白であるから、この一文を追加することに何の問題もない。 この追加を行えば、例えば××大学の卒業生であることは、別に恥ずかしいことでも秘匿すべきこともないから、卒業生名簿を廃止しなくてもよくなる。迷惑メールや電話が増えることを懸念する人も居るかもしれないが、名簿を廃止しても迷惑メールや電話は絶対になくならない。名簿を廃止しようという議論は、電話が犯罪の打ち合わせに使われることがあるから電話をやめてしまえという議論に似ている。テクノロジーには光と影の部分が必ずあるのだから、陰の部分をできるだけ防止しつつ、光の部分を延ばすというのでなければ社会の進歩はない。