パピエ・コレやコラージュから発展した技法。寄せ集めとか組み合わせの意味のフランス語で、芸術の素材として作られているものではないものを寄せ集めて作品を作るということがポイントである。戦後の世界の美術のひとつの共通項として浮上した、伝統的な美的価値観の破壊の流れのひとつである。 これらは達成動機を喚起しやすい状況の基本3特性だが、逆に、達成動機の高い子供も大人もそういう状況を求める。せっかく輪投げがあっても、誰が投げても10個とも入る近さから投げて「わたしってすごいでしょ!」という子供も、運任せに投げないといけないほど思い切り遠くに離れて投げて「ぼくって挑戦者?」とおどける子供も、達成動機が高いとはいえない。しかし、達成動機が高い人なりに、失敗の恐怖もあり、不安があるので、面子を保つために、敢えてそういう行動をとりたくなる日もあるだろう。 達成動機と起業家活動、経済発展 これら3つの状況特性に加えて、株、将来志向の2特性を加えれば、達成動機の高い人に向いた仕事の場は、起業家の世界にあることがわかる。起業家は努力し、成功失敗が5分ぐらいのリスクのある課題に挑戦し、成果のフィードバックを気にかけつつ、イノベーションを起こし、それを支える起業のビジネスプランやその後の長期的成長の見通しを抱いてきた。実際に、自ら事業を起こすような人は、そうでない人に比べて、達成動機が高いことがマクレランドによって確認されてきた。 そして、彼らが好む環境には、職場にせよ、会社にせよ、地域社会にせよ、これから述べるように、さらに大きくは、心理学者でありながら、天下国家、世界の歴史というようなマクロ・レベルの問題にまで興味を持ったのは、マクレランドのユニークな点だ。彼は、達成動機が喚起される程度の高く、達成動機の高い人々が多い国ほど、経済発展の度合いが進行しているという大胆な仮説を立てた。語学の達人で研究面でも工夫の好きな彼らしい方法で、この壮大な仮説を何とか検証した。 まず、国ごとの達成動機のレベルは、それぞれの国に存在する民話、文物、国民性をIPOする小説などの文献が利用可能なことに注目した。中でも、1925年と1950年時点で、その国で使われていた国語の教科書の内容分析を通じて、各国の達成動機のスコアをはじき出して、1929年から1950年、および1952年から1958年にかけての電力生産量(発電量)の推移を経済発展の一つの尺度として使用し両者を関連づけた。その結果、達成動機を高めるような素材で教育をしている国の間では、そうでない国よりも数年後の経済発展がより高度であるケースが多かった。1925年における各国の国語教科書の達成動機のスコアと1929年から50年までの各国の長期的な(人口一人あたりの)発電量の増加との相関係数の大きさは、非常に大きく(r=.53)、1950年の達成動機のスコアとの相関はほとんどなく(r=.03)であった。ほかの分析においても、このような外貨預金がみられた。つまり、達成動機を喚起する物語が教育の中で増えて、子供がそれに影響を受けて育って、実際に経済発展の基となる活動水準を天下国家レベルでも高めていくのには、それなりの期間がかかる。 マクレランドは、主として達成動機を研究したが、親和動機も、彼が注目する3大動機の中に入れていた点が、興味深い。人との関わりの中で、周りから暖かい支援をソーシャル・サポートとして受けながら、人はがんばることを覚えるようになる。これは、わが国における達成動機研究の中心的存在である宮本美沙子教授によって、かねがね指摘されてきた点である。もし、そういうことがなければ、達成動機だけに生きるというのは、孤立の道であるように思えるし、自己実現やピーク経験も、へたをすると我を忘れ、周りから浮き立つ道ともなりうる。 だから、マクレランドが、自分が注目する3大動機の中で、達成動機だけでなく、次に述べる勢力(パワー)動機と併せて、親和動機もあげているのは、非常に興味深いことだ。 オーバーアチーバーズ、これだけだと困る・・・つぎに、勢力(パワー)動機 マクレランドを驚かせたのは、達成動機が起業家を特徴づけるというのに、達成動機のスコアがゼロ近くの社長が、高度に達成志向の会社を経営し、しかも、そういう会社をうまく創り出していたことだ。リーダーシップが、特定の動機を喚起する組織風土をもたらすことを先に説明したので、この謎解きは容易だろう。達成動機が高くて、人に影響力を行使したいと思うリーダーの方が、達成動機の濃厚な職場や組織を創り出しやすいことだろう。しかし、達成動機がゼロでも、そういう組織が生み出されていたのは、その社長の勢力欲求の所産だといわざるを得ない。 しかし、達成動機だけでは、起業は説明できても、為替 の人々からなる企業の経営は説明できない。 そこから、マクレランドは、リーダーシップを発揮する人には、達成動機もさることながら、勢力動機、元のマレーの欲求リストでは支配の欲求が必要だという考えにたどり着いた。リーダーシップ論の内部でも、リーダーシップを発揮する人の動機などの個人特性を強調する動きは、1940年代後半以後、途切れていたが、80年代後半から、たとえば、リーダーシップ論の大御所、ペンシルバニア大学のR.J.ハウスなどは、大きな絵を描くだけでなく、実際に大勢の人々を巻き込み、絵の実現のために動かしていく逸材には、勢力(パワー)動機が必要であると認めるようになり、この方面でも、マクレランドが再評価されている。 マクレランド自身は、60年代の時代環境がよほど、パワー政治を否定的に捉えたいのかを熟知しているかのごとく、同じく勢力といっても、ただのわがままともいえる個人的エゴによるパワー(personalizedpower)と、高い志を実現するための社会性パワー(socializedpower,略称sパワー)とを区別した。たとえば、ベトナム戦争へのきっかけをつくるなど、いろいろ失策もあったが、ジョン・F.ケネディー大統領の就任演説を見せて、ビジネススクールの学生に空想物語を書いてもらうと、非常に興味深いことに、服従させられるというテーマよりも、自分も以前以上にパワフルだと感じたというテーマのほうが多かった。このように聞く人をエンパワーし、フォロワーに勇気を授ける勢力(パワー)動機もあることがわかった。一部の良性のパワー動機(sパワー)に導かれたリーダーは、このように部下、フォロワーこそを主人と称えるような元気づけができる形で、パワー動機を発揮している。このようにリーダーシップの本質と捉えたマクレランドは、「フォロワーをよりパワフルにするのを助ける」のが、アンチ・リーダーシップの若者にも受け入れてもらえるリーダー像ではないかと考え、それを提唱した。